院長プロフィール|川村耳鼻咽喉科クリニック

院長プロフィール

院長        
昭和59年 3月 関西医科大学卒業  
昭和59年 5月 関西医科大学耳鼻咽喉科学教室入局 研修医
昭和60年 3月 済生会泉尾病院 医員
昭和61年 5月 高知市民病院 医員
昭和62年 7月 済生会野江病院 医員
平成 2年 4月 関西医科大学附属病院 助手
平成 2年 8月 沖縄県立宮古病院 厚生省医員
平成 3年 4月 関西医科大学付属病院 助手
平成 4年 4月〜13年12月 関西医科大学附属洛西ニュータウン病院 部長
平成5年3月 「アレルギー性鼻炎に対するレーザー手術」
にて医学博士取得
 
平成14年1月〜16年7月 岩野耳鼻咽喉科サージセンター 副院長
平成16年10月 川村耳鼻咽喉科クリニック  院長
平成25年5月 関西医科大学耳鼻咽喉科・頭頚部外科  特任教授

資格

医学博士
関西医科大学耳鼻咽喉科・頭頚部外科 特任教授
身体障害者福祉法第15条指定医

略歴からおわかりの通り一貫して臨床最前線の病院で勤務してまいりました。特に平成4年からの10年は付属病院の耳鼻科部長という立場からあらゆる耳鼻科の疾患を診療してまいりました。平成14年からは耳鼻咽喉科領域の手術を専門とする岩野耳鼻咽喉科サージセンターで鼻を専門として短期入院術式の確立に力を注ぎホームページの鼻の部門を執筆致しました。現在までに数多くの鼻手術を行っておりますが過去2年半の集計ではアレルギー性鼻炎に対する粘膜焼灼術および後鼻神経凍結手術が306件、アレルギー性鼻炎や鼻閉に対する鼻腔の形態を改善する手術が186件、副鼻腔炎(蓄膿症)に対する内視鏡下手術が163件でした。年間平均で200件以上の手術を行ってきた事になり執刀数としてはかなり多い方だと自負しております。勿論、数だけではなく手術の安全性や効果が重要です。ここでは詳細は省きますが、「手術成績」の項で過去に執刀した成績を記載しております。これからも幅広く、かつ専門性を活かした診療を行っていきたいと考えております。また平成25年からは若手医師の手術や臨床研究の指導を行う立場として関西医科大学耳鼻咽喉科の特任教授にも任命されました。さらなる責任に身の引き締まる思いですが、今後もより良い医療を行うべく日々努力してまいります。

趣味

ゴルフ:開業決定後から準備に追われてラウンド回数はめっきりと減りました。もともと下手であったのが更に腕が落ちてきたような気がします。ゴルフ仲間でもある岩野先生や細田先生の上達ぶりに焦るこの頃です。

ダイビング:略歴にもありますように8ヶ月間沖縄の宮古島で勤務しておりその時に覚えました。マンタとの出会いやあの地方独特のケープダイビングの醍醐味は忘れることができません。大坂に戻ってからは、これもすっかりご無沙汰ですがダイバー特有の耳抜きやスクイーズの悩みは理解できます。お気軽にご相談下さい。

CG (コンピューター グラフィック):コンピューターグラフィックと言うほどのものではありませんが、もともと鈴木英人さんの強い日射しを感じさせるイラストが好きでAdobe illustratorを購入して真似をはじめたのがきっかけだったと思います(illust1)。 PC上で描くイラストは画才のない私でも何度でもやり直しができるメリットがありはまってしまいました。その後ブームとなったTHOMAS McKNIGHT風のイラストもillustratorで描けるのかトライしてみました。鈴木英人さんの作風とは対照的に輪郭線が強調されない画風はillustratorが苦手とする領域かと思いましたが同じソフトで表現できることに感激していました(illust2)。そのうちに趣味が高じてというか、学会発表にもillustratorやShade(3Dソフト)を使うようになり仕事上にも欠かせないものとなりました。ちなみにこのホームページ中のイラストやアニメは全て自作です。

illust1 illust2

家族構成

耳鼻科は小児と接する機会の多い科目です。独身時代は子供とどのように接したらよいか、とまどう時もありましたが、子を持つ立場になると自然と態度が柔軟になってきたのを感じます。(長女は3歳頃に私が鼓膜切開をしましたが看護婦さん3人がかりでも抑えられないほど大暴れをしてくれました。相手が親であってもこうなのですから、ましてや知らないおっさんであれば無理もないと考えると、いらいらすることもなくなりました。)同時に親の立場からも嫌がる子供を病院へ連れていく大変さが身にしみるようになりました。できる限り通院回数を減らして早く治すように心がけたのも子供がきっかけかもしれません。そういった意味からも子供にいろいろと教わるこの頃です。

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